
伊勢神宮の水
古来からお伊勢参りの要所であった宮川
古くから恐れられた「神の川」宮川
宮川は、日本有数の多雨地域として知られる大台ヶ原の豊富な水がどっと流れ込み、古来から「暴れ川」として恐れられていました。
かつては、度重なる洪水を引き起こし、人々に恐れられていた宮川。
一番古い記録では西暦717年に大洪水がおきたという記録もあるようで、宮川堤の歴史は古く、その昔平清盛が人工の堤を築いたという記録が残っています。
下流域では豊臣秀吉により、1592年(文禄1年)に宮川大堤が築かれた事に始まり、江戸・明治・大正・昭和と度重なる治水工事が行われ、現在に至っています。
古来からお伊勢参りの要所であった宮川
古来から、お伊勢参りに全国から集ってくる人たちは宮川で足を止められていたようです。
宮川は、東国(関東)から来ても西国(関西)から来ても神都伊勢に入る者はかならず渡らなければならぬ、伊勢最大の河川だったようです。
当時、宮川には上の渡し・下の渡し・磯の渡しの三箇所の渡し場があったそうです。その中で、現在の宮川橋近くにあった下の渡し場は、桜の木が多かったことから別名「桜の渡し」と名づけられました。この渡し場は、明治30年(1897)、参宮鉄道が開通するまで交通の要衝として、多くの人々を運び続けてきたと言われています。
宮川を渡ると神域に入るため、勅使参向の時はここでみそぎを行いました。諸国からの参詣人もこれにならって身を清めたという、聖なる川・宮川は渡れば目指す神宮は,もう目と鼻の先、古来からのお伊勢参りの要所であったようです。
