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子どもの感性

竹本大輔:2012年07月03日

 

先日、近所の公園の大きなクスノキの木の下でアオスジアゲハの幼虫を拾った。子どもたちと一緒に公園に行って、一人でアオスジアゲハの幼虫を持って帰ったものだから、嫁さんに「あんた何一人で帰ってきてんのよ」とこっぴどく叱られた。いや叱られたのは「あほか。一人ちゃうわ。2匹や」と反論したからだと反省した。

まあそれはさて置き、アオスジアゲハの美しい幼虫を持って帰ると、どうも蛹化(ようか:幼虫が変態しさなぎになろうとすること)が始まったようだ。このあまりの美しさに暫し時間を忘れ魅入ってしまった。

ここでふっと思い出したのが、かの養老孟司氏と宮崎駿氏の対談をまとめた「虫眼とアニ眼(平成20年/新潮文庫)」だ。ここで養老孟司氏が「子どもの感性」について言及しているくだりがある。ちょっと長いがお付き合いいただきたい。

「(抜粋)感性の基本には、ある種の「差異」を見分ける能力があると思う。平たく言えば感性とは、「なんかほかと違うぞ」って変化がわかることと言ってもいいんじゃないか。で、現代の子どもたちが、いまどこに差異を見ているのかを考えると、結局人間関係のなかに見ちゃってるんですね。ぼくらの頃は「なんか違うぞ」っていうのは、「蟹がいねえぞ」だったんです。普通の大人は蟹なんて商売にしてませんから、いなくなったってわからない。その差異を発見するのは、子どもの感性だった。いまや子どもまでもがそういったディテールを見分ける能力が抜け落ちてしまっている。」

そして蝶が規則性を持って飛ぶ空中の道、「蝶道」について語る。

「(抜粋)どこへでも飛んでいけそうな蝶が、前を飛ぶ仲間を見ているわけでもないのに、デコボコまで同じように飛んでいる。でもそれを目の当たりにして突然わかったのは、蝶は周囲の環境を全部それなりに把握して、脳から各運動器官に出力しているのだろうと。ということは、今度は蝶がいったいどれくらい細かく周囲の環境を計算しながら飛んでいるのかってことに驚かされるわけ。そうやってハタと気づくのは、自然環境というのもは、ものすごいディテールで成り立っていて、いまの人間は、それを完全に無視して生きているということです。」

そしてこう続ける。

「(抜粋)ぼくは本来的に「感性」というのは、このことかと思ったんです。つまり、そういうディテールを感知する能力は、本来人間も持っていたはずなんです。けれどもその能力を閉鎖して、環境を一律にとらえようとしている。そうやっていくうちに人間の感性はあまってしまったのではないかと。今度はそれを人間関係や都市の人工物に割り当てているんじゃないだろうか。「この世界はものすごくディテールに溢れているんだよ」という意味…」と続く。

この世のディテールを感知する能力を子どもに取り戻したい、そして自分も取り戻したい、とつくづく思う。

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自然をこよなく愛する。コテコテ大阪市阿倍野区出身。現在は名古屋市名東区在住。毎週のように採水地の宮川を訪れては土いじりだの虫取りだの川遊びだのに興じています。

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